仏教と自然観が織りなす、日本独自の彼岸文化

3月後半には、春のお彼岸を迎えます。
2026年は春分の日が3月20日になりますので、17日が彼岸の入り、23日が彼岸の明けになります。

彼岸という言葉自体は仏教用語ですが、私たちの暮らしの中では「お墓参り」や「ぼたもち」「彼岸そば」といった行事食と結びついた、身近な季節行事として定着しています。

今回は「彼岸」という行事が、どのようにして日本人の季節感や先祖観と結びついたのか、その背景を具体的な視点からたどってみたいと思います。

春分の太陽と浄土思想

彼岸は春分(または秋分)の日を中心に前後3日ずつ、計7日間を指します。
春分の日は、太陽が真東から昇り真西へ沈むため、昼と夜の長さがほぼ等しくなる日として認識されていますが、仏教の世界観と結びつくことで特別な意味を持つようになりました。

仏教では、苦しみや迷いのある現世を「此岸(しがん)」と呼びます。「此」は“こちら側”を指し、「岸」は境界を示すことから、此岸とは“こちら側の岸=現実世界”という意味になります。
これに対して、悟りの境地は「彼岸(ひがん)」と呼ばれます。「彼」は“向こう側”を意味し、“あちら側の岸=迷いを超えた世界”を指します。

浄土思想では、極楽浄土は西の彼方にあると考えられてきました。春分の日に太陽が真西に沈むという天体の動きは、仏教が描く彼岸の方向と重なります。
そのため、この時期は“西方にある極楽浄土に最も近づけるとき”と受け止められ、ご先祖様への感謝や供養の気持ちが届きやすいと考えられました。こうした背景から、彼岸にお墓参りをする習わしが広まったとされています。

仏教&西、といえば・・・

三蔵法師が、孫悟空、猪八戒、沙悟浄らを供に、経典を求めて天竺を目指す『西遊記』において「西」へ行くことは、単なる方位ではなく、仏教的な悟りや聖域を目指す修行の旅を表しているとされています。

「♪西にはあるんだ夢のくにンニキニン~」ですね!

ぼたもち/おはぎの意味

彼岸の供物としてよく知られる「ぼたもち」や「おはぎ」は、春と秋で名前が変わります。
春は牡丹(ぼたん)に、秋は萩(はぎ)になぞらえられています。

材料として主役になる“小豆の赤い色”は、古くから 邪気を払い魔除けの意味を持つと考えられ、供物や祝いの食に使われてきました。また、かつては 砂糖が貴重品だった時代に、甘い餅を作ることは豊かさの象徴でもありました。これらが家庭の食卓にのぼるようになり、単なる供物ではなく 家族で分け合う行事食として定着したのです。

彼岸そば

邪気を払うといわれる食材といえば、「そば」も外せません。
彼岸の時期に食べる「彼岸そば」については、以前にも記事に登場しています。
春と秋の彼岸前後の季節の変わり目で体調を崩しやすい時期に、栄養価が高く消化のよいそばを食べて健康を願いつつ、そばには「五臓六腑の汚れを清める」という言い伝えがあり、仏教的な意味でも身体を清めてお彼岸に先祖をお迎えするといった目的で一般に浸透した風習です。
また、そばは「細く長く生きる」「縁をつなぐ」といった縁起の良い食べ物とされ、ご先祖様への供養や家族の無事を願って食べる行事食としても適しています。

彼岸は日本のオリジナル風習

「彼岸」という言葉は仏教に由来し、インドや中国などの仏教圏にも存在します。

しかし、日本では

  • 春分・秋分に太陽が真西に沈む
  • 西に極楽浄土があるという浄土思想
  • 祖霊を大切にする日本古来の感覚

これらが結びつき、「彼岸=ご先祖様に最も近づける時期」という独自の受け止め方が育まれました。

「彼岸」が仏教用語であるにもかかわらず、日本独自の季節行事として育まれてきた背景には、日本人が長く大切にしてきた自然観と祖先観がその根底にしっかりと息づいているからなのですね。

仏教の伝来とともに一緒に伝わってきた風習なんだと思ってました。