食べて温まる養生

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

この冬は、12月のうちに雨が降る日があったりと、どこか不安定な始まりでした。
例年にも増して、体調管理の難しさを感じている方も多いのではないでしょうか。

体調を崩さないために、日々の生活で取り入れられることといえば、やはり「食事」が大切ですよね。

うどん屋/そば屋に風邪薬があった

明治のはじめ、日本には少し不思議な名前の風邪薬がありました。
その名も「うどんや風一夜薬」。
そば文化の根付いた関東では、「そばや風一夜薬」という名で親しまれていたそうです。

「うどんや」にある「風(かぜ)」が「一夜」で治る「薬」。
これが、この薬の名前の由来でした。*1)

この薬を生み出したのは、大阪・島之内玉屋町の漢方医、末廣新五郎です。
新五郎は、しょうが由来の和漢薬「ショウキョウ」と、当時ドイツから入ってきたばかりの西洋薬を組み合わせ、和漢と西洋を融合させた、先駆的な風邪薬を作り上げました。

その薬を世に広めたのが、息子の末廣幸三郎です。
幸三郎は、父の薬に、当時の人々が実践していた風邪の養生法――

「あたたかいうどんを食べ、体が温まったところで薬を飲み、一夜ぐっすり休む」

という生活の知恵をそのまま商品名として与え、明治9年(1876年)に「うどんや風一夜薬」を発売しました。(*2)

少し変わったこの名前には、そんな意味が込められていたのですね。

元ネタは七味唐辛子?

明治から昭和にかけて長く親しまれた「うどんや風一夜薬」「そばや風一夜薬」には、“食べて温まる”という日本人の養生文化が息づいています。

実は、この考え方は明治に始まったものではありません。

江戸時代、そば屋やうどん屋では、風邪気味の客が希望すると、七味唐辛子を紙で三角形に包み、「とんぷく」と書いて無料で渡していた――
そんな記述も見られます。(*3)
それをうどんやそばに振りかけて食べ、体を温めていた、という話です。

調べてみると、この「とんぷく」のエピソードを裏付ける資料は多くありませんでした。
史実としては断定できない部分もありますが、それでも「食べて治す」という発想自体は、当時の人々にとってごく自然なものだったのでしょう。

そもそも七味唐辛子は、江戸時代初期の日本橋・薬研堀町(医者や薬問屋が集まり、「医者町」とも呼ばれた場所)で、1625年(寛永2年)、初代・からしや徳右衛門が、漢方薬をもとに生薬を組み合わせて売り出したものです。

「薬食同源」という考え方が根強かった時代。
七味唐辛子は、最初から「薬効」を意識して作られた調味料でした。

「うどんや風一夜薬」「そばや風一夜薬」に通じる“食べて温まる”養生は、すでに江戸の人々が実践していた健康法だったのです。

温活

昔から、冷え対策として「首」「手首」「足首」――いわゆる「3つの首」を温めるとよいと言われてきました。近年では、そこにもう一つ「”くび”れ(おなか)」を加え、4つの首(くび)を温めるのがよい、という考え方も広がっています。

雑誌などでも「温活」が特集されることが増え、とくに冷えやすい体質の方や健康志向の方を中心に注目されています。
ネックウォーマーやリストウォーマー、レッグウォーマーやあたたかい靴下など、さまざまなアイテムがありますが、どちらかといえば女性向けの商品が多い印象です。

とはいえ、冬の寒さで血流が悪くなると、体がこわばったり、肩こりや頭痛が出たりするのは、男女問わず起こることですよね。
ふわふわのリストウォーマーを着用するには少し抵抗がある、という男性でも、「食事で温活」なら取り入れやすいのではないでしょうか。

そんなときこそ、江戸時代から続く“食べて温まる”養生 ――「そば・うどん+七味唐辛子」を試してみてください。

4つめの「くび(れ)」がくびれなくなるのが少し気になっちゃうかもしれませんが、おなかの中からしっかり温まり、身体中にあたたかい血流が巡って、寒さでこわばった体も自然とほぐれていきます。

寒い時期の“食べて温まる”養生。
手軽にできて効果的な体調管理ですので、ぜひ意識的に取り入れてみてくださいね。